世界水準編第23章

MITRE ATT&CKとATLAS:攻撃者の手口の体系

読む目安:約45分戦術と技術の番号で、事故の報道やベンダー報告書を読めるようになる

セキュリティの報道やベンダーの報告書には、「T1566」「T1078」といった番号が当たり前のように出てきます。MITRE ATT&CKという、実際の攻撃で観測された手口の体系の番号です。この章ではATT&CKの構造を読み、自分のアプリに関係の深い技術を抜き出します。あわせて、AIシステム向けの姉妹版であるMITRE ATLASを読み、応用編で学んだAI特有の論点がどこに位置づくかを確かめます。攻撃の手順を学ぶ章ではありません。防御側の「共通語」を学ぶ章です。

この章の学習目標

  • MITRE ATT&CKの「戦術」と「技術」の違いを説明し、Enterprise版の戦術の並びと技術IDの読み方を人に説明できるようになる
  • 自分のアプリに関係の深い技術(T1190、T1078、T1552など)を抜き出し、どの段階で止められるかを多層防御の考え方で言えるようになる
  • MITRE ATLASの構造を読み、プロンプトインジェクションや幻覚パッケージといった応用編の論点を、ATLASの技術IDで指せるようになる

ATT&CKとは:観測された手口の体系

MITRE ATT&CK(Adversarial Tactics, Techniques, and Common Knowledge)は、米国の非営利組織MITREが維持している、攻撃者の行動の知識ベースです。特徴は「実際の攻撃で観測されたもの」だけを載せていることです。理論上あり得る攻撃ではなく、実際に誰かがやった手口が、2つの軸で整理されています。

戦術(Tactic)
攻撃者が「なぜ」その行動をするのか。目的の段階。「最初に入り込む」「権限を上げる」「データを持ち出す」など。IDはTAで始まります(例:TA0001 Initial Access)。
技術(Technique)
その目的を「どうやって」達成するか。IDはTで始まります(例:T1566 Phishing)。技術の下に、さらに細かいサブ技術(例:T1566.001 Spearphishing Attachment)があります。

経理の不正リスク評価に置き換えると、戦術は「資産の流用」「財務報告の改ざん」といった不正の目的の分類、技術は「架空仕入」「売上の前倒し計上」といった具体的な手口です。監査基準が手口を類型化しているのと同じように、ATT&CKは攻撃の手口を類型化しています。

2026年4月28日公開のATT&CK v19では、Enterprise版(企業システム向け)に15の戦術、222の技術、475のサブ技術があります。v19の大きな変更点として、それまでの「Defense Evasion(防御回避)」の戦術が「Stealth(隠密、TA0005)」と「Defense Impairment(防御の無力化、TA0112)」の2つに分割されました。少し前の資料に「14戦術」と書かれているのはこのためです。本稿執筆時点の最新版は2026年8月のv19.2です。

順ID戦術(原題)攻撃者の目的(筆者による要約)
1TA0043Reconnaissance標的について調べる
2TA0042Resource Development攻撃に使う道具や足場を用意する
3TA0001Initial Access最初に入り込む
4TA0002Execution悪意あるコードを動かす
5TA0003Persistence居座り続ける
6TA0004Privilege Escalationより高い権限を得る
7TA0005Stealth正常な動きに見せかけて隠れる
8TA0112Defense Impairment防御や監視を弱める
9TA0006Credential AccessIDやパスワード、鍵を盗む
10TA0007Discovery侵入先の中を調べる
11TA0008Lateral Movement別のシステムへ移る
12TA0009Collection目当てのデータを集める
13TA0011Command and Control外部から操る
14TA0010Exfiltrationデータを持ち出す
15TA0040Impact破壊・改ざん・停止で損害を与える

自分のアプリに関係の深い技術

222の技術をすべて読む必要はありません。個人が公開しているWebアプリに関係が深いものを、attack.mitre.orgで実在を確かめたうえで5つ挙げます。

ID技術(原題)戦術自分のアプリで起きたら止める場所(この教材)
T1190Exploit Public-Facing ApplicationInitial Access公開しているアプリの穴(インジェクション、設定の不備)から入られる第11章、第12章、ASVS L1(第20章)
T1078Valid AccountsInitial Access、Persistence、Privilege Escalation、Stealth正規のアカウントを使われる。漏れたパスワードや使い回しが入口第10章、第12章の二要素認証、ASVS 6.2.4
T1566Phishing(サブ技術 .001〜.004)Initial Accessあなた自身がだまされ、Vercel・Supabase・GitHubの認証情報を渡してしまう第12章の二要素認証。パスワードマネージャー
T1552Unsecured Credentials(.001 Credentials In Files、.004 Private Keys など)Credential AccessコードやGitの履歴、設定ファイルに残った鍵を拾われる第9章
T1195Supply Chain Compromise(.001 Compromise Software Dependencies and Development Tools)Initial Access依存パッケージや開発ツールに仕込まれたものを取り込む第12章のDependabot、第24章のSBOM

T1078が4つの戦術にまたがっていることに注目してください。正規のアカウントは「入る」にも「居座る」にも「権限を上げる」にも「隠れる」にも使えます。だからこそ、第10章で見た認証と権限の点検、第12章の二要素認証が、多くの段階を同時に塞ぎます。論文で「認証の不備」が176件(14.84%)あったことの重さは、ATT&CKで見るとより具体的に分かります。

非エンジニアの使い方:防御側の共通語

ATT&CKは攻撃を学ぶためのものではなく、防御側が「何について話しているか」を揃えるための共通語です。使い方は3つあります。

  • 報道と報告書を読む。情報漏えいの公表資料やセキュリティ会社の報告書は、「初期侵入はT1190、その後T1078で永続化」のように書かれます。番号を読めれば、「公開アプリの穴から入り、正規アカウントで居座った」と理解できます。
  • 自分の守りの抜けを見る。戦術の表を上から下へたどり、「この段階で自分は何を置いているか」を書き出します。何も置いていない段階が、空白として見えます。
  • 専門家に聞く。「T1552への対策は第9章の棚卸しで足りますか」と番号で聞けば、専門家は番号で答えられます。

攻撃の連鎖と、どこで止めるか

戦術が左から右へ並んでいるのは、攻撃がたいてい連鎖だからです。調べて、入って、権限を上げて、集めて、持ち出す。この「鎖」の考え方をKill Chain(キルチェーン)と呼び、どこか1か所で鎖を断てば、その先の損害は起きません。1か所に頼らず、複数の段階に守りを置く考え方が多層防御(defense in depth)です。

初期侵入 T1190 / T1566 認証情報 T1552 / T1078 権限昇格 TA0004 収集 TA0009 持ち出し TA0010 影響 TA0040 入力の安全(第11章) 設定(第12章) 二要素認証 鍵の棚卸し(第9章) Secret scanning 鍵の再発行 所有者確認(第10章) RLS ASVS 8.2.2 / 8.3.1 必要な項目だけ返す ASVS 15.3.1 最小権限 操作の記録(V16) 異常の検知 漏えい時の報告(第3章) 上段:攻撃の連鎖(抜粋) 下段:この教材で置いた守り。どこか1段で止まれば、右側は起きない
図23-1 攻撃の連鎖(戦術の抜粋)と多層防御。実践編の演習は、鎖の複数の段階に守りを置く作業でした。

個人開発で現実的なのは、左側の2段(初期侵入と認証情報)に力を注ぐことです。ここで止まれば、右側は起きません。ただし右端の「操作の記録」は、止めるためではなく「何が起きたかをあとで説明する」ための守りです。第3章で見た個人情報保護委員会への報告(速報はおおむね3〜5日以内)は、記録が無ければ書けません。

MITRE ATLAS:AIシステム向けの体系

ATT&CKは企業システム全般の体系ですが、AIシステムに特有の手口は載っていません。そこでMITREは、AIシステムに特化した姉妹版MITRE ATLAS(Adversarial Threat Landscape for Artificial-Intelligence Systems)を公開しています。IDはAMLで始まり、戦術はAML.TA、技術はAML.Tです。

公式のデータリポジトリ(github.com/mitre-atlas/atlas-data)によれば、2026年9月版(v2026.09)には1つのマトリクス、16の戦術、120の技術、88のサブ技術、40の緩和策、73の事例研究が収められています。戦術の多くはATT&CKと同じ名前ですが、AI固有の2つが加わっています。「AI Model Access(AIモデルへのアクセス、AML.TA0000)」と「AI Attack Staging(AI攻撃の準備、AML.TA0001)」です。

応用編の第16章(slopsquatting)と第17章(プロンプトインジェクションとLLM Top 10)で扱ったAI特有の論点は、ATLASでは次のIDに位置づきます。すべて公式データで実在を確認したものです。

ID技術(原題)この教材での論点OWASP LLM Top 10 2025との対応
AML.T0051LLM Prompt Injection(.000 Direct、.001 Indirect、.002 Triggered)プロンプトインジェクション。利用者からの直接と、AIが読む文書やWebページ経由の間接LLM01 Prompt Injection
AML.T0054LLM Jailbreak安全機構を迂回させるLLM01の一種として扱われる
AML.T0056Extract LLM System Promptシステムプロンプトの漏えいLLM07 System Prompt Leakage
AML.T0057LLM Data LeakageAIが他の利用者や接続先のデータを漏らすLLM02 Sensitive Information Disclosure
AML.T0060Publish Hallucinated Entities第16章のslopsquatting。AIが幻覚したパッケージ名を攻撃者が実際に登録するLLM03 Supply Chain
AML.T0010AI Supply Chain Compromise(.005 AI Agent Tool)AIの部品(データ、モデル、ソフトウェア、エージェントの道具)の汚染LLM03 Supply Chain
AML.T0053AI Agent Tool InvocationAIエージェントに接続された道具を、攻撃者が使わせる。第26章の中心LLM06 Excessive Agency
AML.T0110AI Agent Tool Poisoningエージェントの道具(MCP接続を含む)の説明や挙動を汚染する。第26章LLM06 / LLM03

ATLASの原文は、AML.T0110の説明で「Model Context Protocol(MCP)接続を通じてエージェントが使える道具」を明示的に挙げています。2026年9月版では、エージェントに関わる技術(AML.T0080 AI Agent Context Poisoning、AML.T0086 Exfiltration via AI Agent Tool Invocation など)が多数追加されています。AIエージェントの時代の脅威が、すでに「観測された手口」として体系に入り始めているということです。この話は第26章で続けます。

補足:IDは版によって変わることがある ATT&CKのv19でDefense Evasionが分割されたように、体系は更新されます。ATLASは2026年に月次に近い頻度で更新されています。報告書を読むときは、どの版のIDかを確かめてください。この教材のIDは、ATT&CK v19(2026年4月28日)とATLAS v2026.09の公式データに基づきます。

演習:最近の情報漏えいニュースをATT&CKに当てはめる

所要時間:約30分
  1. 最近1年以内の情報漏えいの公表資料を1つ選びます。被害を受けた組織が自ら公表した「お知らせ」や調査報告書が望ましいです。JPCERT/CCの注意喚起やIPAの資料から探してもかまいません。
  2. 公表資料から、「何が起きたか」を時系列で3〜6行に書き出します。推測は書かず、資料に書かれていることだけを使います。
  3. 各行を、上の15戦術の表のどれかに当てはめます。分からない行は「不明」とします。公表資料は詳細を伏せていることが多いので、「不明」が多くて構いません。
  4. 当てはめた戦術について、attack.mitre.orgの戦術ページを開き、その戦術に属する技術の一覧を眺めます。資料の記述に合う技術IDがあれば書き添えます。
  5. 「自分のアプリで同じ連鎖が起きるとしたら、どの段階で止まるか」を、図23-1の下段を見ながら書きます。止まらない段階があれば、点検ノートの「要対応」に追加します。
  6. 公表資料に「再発防止策」があれば、それがどの戦術への対策かを書きます。これが、専門家の報告書を読むときの型になります。
注意:手口を「読む」ことと「試す」ことは別 ATT&CKとATLASは防御側の共通語として使ってください。技術のページには攻撃の説明が書かれていますが、それを自分以外のシステムで再現することは、不正アクセス禁止法などに触れるおそれがあります。また、報道された被害組織のシステムを「確かめに行く」ことも同様です。自分の守りを点検するときは、第10章・第11章と同じく、自分が作り、自分が管理するアプリに対して、テスト用アカウントと無害な入力でのみ行ってください。

まとめ

  • MITRE ATT&CKは実際に観測された攻撃者の手口の体系。戦術(なぜ、TA番号)と技術(どうやって、T番号)の2軸。Enterprise v19(2026年4月28日)は15戦術・222技術・475サブ技術で、Defense EvasionがStealth(TA0005)とDefense Impairment(TA0112)に分割された。
  • 個人の公開アプリに関係が深いのはT1190(公開アプリの穴)、T1078(正規アカウントの悪用)、T1566(フィッシング)、T1552(放置された認証情報)、T1195(サプライチェーン)。攻撃は連鎖するので、初期侵入と認証情報の2段に力を注ぎ、操作の記録で説明責任に備える(多層防御)。
  • MITRE ATLASはAIシステム向けの姉妹版。v2026.09は16戦術・120技術。プロンプトインジェクションはAML.T0051、幻覚パッケージはAML.T0060、エージェントの道具の悪用はAML.T0053、MCPを含む道具の汚染はAML.T0110。応用編の論点はすべてATLASのIDで指せる。

出典